海原

COLUMN 2019.07.02 UP

諦めることからはじめたキャリア vol.2

LENS ASSOCIATES inc.
前田 真弓

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私が順調に数字を積み上げていくのと並行して先輩にお願いする業務が多くなった。予約を取るのが私、それ以降の書類の作成や発送は先輩、といった風に。私が抱える予約は月に100件を超えたが、私はその業務を管理する術を知らなかった。私から溢れた仕事のフォローが先輩の業務を圧迫するようになり、先輩自身の数が積みあがらないことが増えてきた。店舗として数字は落とせないため、その体制を容認するしかなくなった。予約に対してインセンティブ給与やボーナス査定がつくため、先輩がどれだけフォローしてくれても、その業務に対しての評価は査定外だった。それが後ろめたかった。悪いことをしているような気持ちが少しずつ澱のようにこころに溜まっていった。折に触れて感謝の言葉を伝えていても、実利的なものは何もリターンできていない。自分の業務は自分だけで完結できるようになりたいと思った。

社会人1年目の冬、あるお客さんが、私の名前を呼んで、怒号を上げながら店舗に入ってきた。バックヤードで休憩中だった私はカウンターに飛び出した。私が接客したお客さんなのでもちろん覚えているが、トラブルは何もなかったはずだ。聞くと、旅行先で私が担当した別のお客さんとたまたま出会った。会話の中で自分が買った航空券代金がその人より高かったことを知った。私が販売した航空券代金が同じ行き先でも大きく異なることに異議を申し立てるということだった。旅先で出会ったお客さんは半年前に予約をしており、かなり安い価格で航空券を購入していた。一方、目の前のお客さんは2週間後に迫った年末年始の旅行の予約をしたいと来店し、その時点で最安値の航空券を購入したのだが、半年前のお客さんとの価格差は10万円以上の開きがあった。旅行先でそれを知って精神的にこうむった苦痛に対して保障をせよ、ということだった。怒りで興奮したお客さんは、目の前にあったペン立てをありったけの力で私に投げながら言った。

「お前は予約だけ取ればいいと思ってるんだろ!」

言葉が出なかった。まさに的を射ていたから。そのお客さんの予約は私が取った。その後入金で来店した際、私は接客中で、先輩が代わりに入金手続きをしてくれていた。そのタイミングで一言声をかけていれば、ここまでの怒りや憎悪にならなかったかもしれない。私とそのお客さんとの間に信頼関係はなかった。数字で結果をあげることが正義。それがお客さんにも伝わっていた。怖さと情けなさでこの場から逃げ出したいと思った。ポップで売れた、数字を積み重ねた。たったそれだけ。この1年で私がやってきた仕事のわだちはそれしかなかった。結局に私の手では片付けられず、訴訟を起こすと言って去っていったお客さんはその後、会社の法務と話し合いを進めることになった。

眠れないほどのショックはあったが、これがきっかけとなって、私の仕事の仕方は大きく変わった。目の前の人からの信頼を積み重ねる仕事をしようと決意した。日々の仕事をコツコツと進めた。誰もが避ける仕事を進んでするようになり、トイレ掃除やドアガラス磨きなど、1年目の新人がすることを2年目に入ってするようになった。仕事を自己完結できるようになると同時に数字は落ちた。以前のようなペースでの数字は諦めた。同時にここから見えてきたことがあった。それは信頼が仕事を連れてくるということだった。今まで予約を取って以降の手続きを他の人に任せていた。それを自分でやり切ることで、高額な航空券を購入する法人出張のリピーターのお客さんが付いてくれるようになった。翌日の急遽海外出張、という場面でも予約から発券まで短時間で一気貫通でやってくれるという安心感を提供できた。信頼関係で仕事をすること。それがいかに日々の小さな仕事から成り立っているか理解できた。一見雑用に見える仕事を丁寧に進めることは、お客さんのみならず周囲との関係を良好にした。がむしゃらに走った社会人1年目。2年目で自分のやるべき役割が見えてきた。意思を持って諦めたことで、ようやく社会という大海原へ漕ぎ出していく準備ができたのだ。

PROFILE

STLONGpress編集長。旅行会社で海外ツアー企画職、結婚情報誌の編集、人材紹介でキャリアアドバイザー等を経て現職。趣味は国内旅行。プライベートでは小学生の双子の母。