COLUMN 2019.07.03 UP

ひもじかった時のこと。

LENS ASSOCIATES inc.
前田 真弓

過去、期せずして会社を辞めたことがある。会社を辞めた後、次の行き先が決まっている時は休みを思いっきり謳歌できるのに、決まっていないときにはどうしたらいいのか分からなくなる人がいると思う。私がそう。肩書や所属がなくなった不安、後ろ盾が無くなってしまった喪失感、他ならぬ自分がこれからのビジョンというほど大げさなものでなくても、将来へ無関心だったことに、その時になって気づき呆然とする。仕事をしていた時には大勢の人の中で笑い、将来のために議論し、ランチをする仲間がいて、居場所があった。それが、退職日、というたった1日を超えただけで、そんな日々はもう巡ってこなくなり、流れていく時間はどんどん自分を侵食して、心がひもじくなり、それを隠すように虚勢を張りたくなる。

極端な例えのようだが、街中を歩くことがみじめになった。「無職で平日昼間にうろうろしているおばさん」とみられたくない(今思えば意味のないプライドだが当時はその状況が心から嫌だった)。今まで積み重ねてきた経験や発想、感性がどこにも必要とされない状況で、それを持て余している自分がむなしい。
平日のデパートでお店に入るたび「今日はお仕事お休みですか?」と言われることが、より無職であることを引き立たせてしまう。いえいえ、無職なんですよと答えるのは相手にとって面倒くさいので、今日は休みという嘘をつくのだが、普段、家族以外誰とも話さない状況ゆえ、饒舌になって話している自分がいる。それが心の中ではくだらないと思う一方で、その他愛のない会話に救われていたのも確かなのだ。それくらい、周囲とのコミュニケーションに飢えていた。
無彩色で色がない日々。仕事をしなくなって、自分の居場所がない。心のひもじさは人から優しさを奪っていく。一人が好きで、固定した居場所がなくても楽しく生きていけると思っていた。
でもやっぱり家とは別の「ホーム」といえる場所って、心に栄養を補給するために必要な場所なんだな。そこに仲間がいること、共感し、共有し、理解される居場所があること。今、私は愛のあるホームにいると思う。だから今度はその愛を、ホームにいる人、来てくれる人に分けたいと思う。自分と同じように無彩色な気持ちになる人がいないように。

PROFILE

STLONGpress編集長。旅行会社で海外ツアー企画職、結婚情報誌の編集、人材紹介でキャリアアドバイザー等を経て現職。趣味は国内旅行。プライベートでは小学生の双子の母。