INTERVIEW 2025.07.16 UP

太陽みたいに、みんなを照らしつづける歯科医院になろう。

訪問・外来 たいよう歯科 院長
弘 龍太朗

奈良県磯城群田原本町で2024年4月に開業した「たいよう歯科」は、訪問歯科を主軸にし、奈良県内の高齢者施設や障がい者施設、また、近隣のお宅を訪ねて歯科診療や口腔ケアを行っています。院長の弘 龍太朗(ひろ りゅうたろう)さんは、横浜出身。なぜ奈良に移住して開業したのか、訪問歯科のやりがいや課題は、そして「100年愛される歯科医院に」という言葉には、どんな思いが込められているのでしょうか?

スタッフが働きやすい環境をつくりたい

ーー以前は、横浜で開業されていたそうですね。

そうです。生まれも育ちも横浜で、10年間(2009年11月〜2019年10月)開業していました。30年以上過ごした地元を離れようと決めたのは、子どもの教育のため。夫婦で話し合って「子どもを通わせたい」と思う学校がこちらの方にあったので、横浜の医院を売却して、家族で移住してきたんです。それで、また勤務医に戻って訪問歯科を専門にして働きはじめました。
訪問歯科を選んだのは、歯科医師として何か自分の強みというか、特徴があった方がいいだろうと思って。もちろんニーズが高い、必要とされているのも感じていましたし。ただ、その頃は、もう一度開業しようとはまったく考えてなかった。自分で経営する苦労は重々わかってましたから(笑)。

ーーなぜ、もう一度開業しようと?

ちょっと言いにくいですが、勤めていた医院で色々と感じるところがあった、というのが本音。特に歯科衛生士さんや歯科助手さんたちの働き方を見ていて、もっといい環境をつくってあげたいな、自分ならできるかも、と思ったんですね。能力が高くて、経験も、責任感もある人たちがもっと活躍できて、なおかつ疲弊しないですむようなしくみの医院を、自分ならつくれるんじゃないか。つくりたいな、と。これが、たいよう歯科を立ち上げようと思ったきっかけです。

ーースタッフさんの働きやすさを、運営の柱に?

いやいや、柱は患者さんですね。たいよう歯科のクレドにもあるんですが、「第一に患者さん、第二にたいよう歯科のことを考えて行動すること」と、スタッフのみんなには伝えています。あくまでも患者さんファースト。ただし、その意味をもう一度一歩深く考えて、みんなで共有できればなぁと思っています。そこを共有してこれから運営ルールに落とし込んでいきたい。僕が一番上じゃなくて、僕の上にルールがある。たいよう歯科をそういうチームにしたいんです。開業して1年ちょっとやってきて、今改めて思っているのは、それですね。

田原本町は山が近くて自然に囲まれていて、でも近くにおいしい飲食店もあって、バランスがいいと感じます。横浜は過剰に何でもありすぎかも(笑)。

おばあちゃんに頭をぐりぐりされたりも(笑)

ーー訪問診療と外来診療の違いは、どんなところにあるのでしょうか?

訪問診療はまず、患者さんとの距離が近いこと。だからコミュニケーション力が必要なのと、外来診療のように環境が整っていないので、その場にある器具の中でどこまで治療できるか、応用力が要ると思います。僕は、そもそも歯科医って接客業だと思っていて、それなら明るくて元気な人がいいよねって思うから、自分自身ではいつも明るく元気に、大きな声で。たまに大きすぎて患者さんに怒られたりもしますけど(笑)。患者さんはほとんど高齢の方で、僕の倍くらい年上だったりしますから、ほんとに若造って思われてます。頭をぐりぐり触ってくるおばあちゃんとかね、いますよ(笑)。患者さんと仲がいいんです。

ーー明るく元気に。それはスタッフさんにも求められますか?

いや、それは一人ひとり個性があるから、いろんな人がいていいと思います。自分の良さを生かして患者さんに寄り添ってくれればいいんじゃないかな。そんなに口数が多くなくても、もの静かに寄り添える衛生士さんもいて、いいなぁと思ってます。この仕事は人と人、だと思うから。

ーー訪問歯科ならではの難しさもあるのでしょうか。

ドクター目線になってしまいますが、一番は処置を始めるタイミングですね。外来診療の場合は患者さんが「歯が痛い」だったり、何かに困って来てくれるので、そこに対して処置すればいい。でも訪問診療の場合はご家族や施設職員さんの希望で診察する場合があるので、極端な話、ご本人は特に困ってないこともあるわけです。例えば、グラグラしている歯がある時に、歯科医としては抜歯っていう判断になるけれども、患者さんが痛くもないし、ご飯も食べれてる。なら、今は抜く必要がないかもしれない。他にも、ご高齢で認知症が進んできた方や障がい者の方で、治療協力が得られないこともあります。「口を開けてください」「噛んでください」って言っても、それができないんですね。入れ歯を異物と思って出してしまう方もあって、そうなると「入れ歯を作らない」っていう判断も必要になってきます。

僕ら歯科医の基準での理想的な口腔内と、患者さんが求めてる口腔内は違う。僕らが勝手に問題を作っちゃいけないんです。その前提で、気になることがあっても様子見と判断することもあります。同時に、ほんとに何かあったときにすぐ対処できる能力もないといけません。そこも難しい。

ただね、僕は判断が難しい状況に出会うと、何だか楽しくなってくるんですよね。「この患者さん、どうやってものを噛めるようにしてあげようかな?」って。歯科助手さんに「5分考えさせて」って言って黙ったりもするけど、やる気になってる感じは伝わってるんじゃないかな。僕がやりやすい環境をつくってくれるスタッフには、感謝しかありません。

僕が治療に集中するために、歯科助手さんにご家族の話し相手を頼むことも。阿吽の呼吸。

患者さんファーストって何だろう?

ーー自分たちの理想や正しさだけを押し付けない。

そうですね、どんなことでも「自分が100%正しい」ってないじゃないですか。自分たちがこうした方がいいと思うことと、患者さんが求めてることには違いがある。とすると、どうするのがいいか決めるっていうのは、本当にバランス感覚だと思うんです。自分たちの考えを押し付けない。かといって、患者さんの要望に、100%応えられないときは、「できません」ってお伝えしなきゃいけない。誰かの要望を100%通すんじゃなくて、お互い様で、みんなが70%の満足でやっていく。それは、僕らと患者さんの間でもそうだし、たいよう歯科の仲間同士の間でも同じです。

先ほど言いかけたことにも通じるんですが、例えば、訪問診療の受付時間は当院は17時までというのがルールです。それ以降にご要望があっても基本的にはお応えできません。これって、一見患者さんファーストじゃないように思えますよね。でも自分たちがプライベートもちゃんと大事にできること、それが長い目で見れば患者さんのためになる。自分たちが無理を続けてたいよう歯科がなくなってしまったら、それこそ患者さんへの裏切りになってしまうから。だから、ルールを守るっていうことを大事にしてほしいんですね。

ほら、太陽って、みんなを平等に照らしますよね。こっちだけいっぱい照らして他は照らさないって、しませんよね。誰かが100%満足するんじゃなくて、みんながちょうどよく心地いいように…伝わりますか?

歯科医師の自分じゃなく、患者さんが満足する治療を

太陽のように、ずっとみんなを照らしつづけるために

ーー「たいよう歯科」という名前には、そういった意味があるんですね。

開業しようと思って、思いついたのがこれでした。横浜で開業していたときは「ひろ歯科医院」だったんですよ。でも今回は僕のために開業するんじゃなくて、スタッフのためにやりたいから、自分の名前じゃないよなと。太陽は、すべての人に等しく同じエネルギーを与えてくれるでしょう。患者さんにもそうだし、スタッフにもそうありたいと思って名前をつけました。ひらがなにしたのは、あったかい、柔らかいイメージにしたいっていうのもあったかな。みなさん、歯医者って怖いでしょ(笑)、だから、優しい印象にしたくて。

ーー 100年続く歯科医院に、という思いがあると伺いました。

患者さんも、スタッフも困らないですよね、たいよう歯科がずっとあれば。僕の代で終わってしまったら、患者さんはまた違う歯医者さんを見つけなきゃいけないから…。一つ壮大な野望というか、僕は「人が生まれてから一生かかれる歯科医院」をつくれたらいいなと思ってるんです。たいよう歯科に、訪問歯科も外来も、小児歯科も矯正歯科とかもみんなあるみたいな。もちろん、僕一人では叶えられないから、歯科医師、歯科衛生士、歯科助手、みんなの力が必要になります。今は歯科医師が僕一人ですから、訪問歯科を中心に続けていく。そのために、訪問歯科っていう存在をもっと知ってもらうための、大袈裟にいうと啓蒙もやっていきたいですね。

最近見つけた言葉で、中国語の「口福」っていうのがここ最近の僕のテーマ。お口からみんなを幸せに、という。みんなが幸せになるには、先ほどから言うように、一人ひとりが「求めすぎない」ことが大切だと思う。原始仏教の用語に「貪欲(とんよく)」という言葉があるんですが、この「貪欲」を捨てて、みんなが70%の「口福」を得られるように。その気持ちをみんなで持って、たいよう歯科を100年愛される医院にしていけたらと思っています。

食べることが好き。「口福」は自分のテーマでもありますね