INTERVIEW 2024.08.31 UP

ずっと途中。だからいい。BRICO 流 “スフォリア”への道vol.2

BRICO
田中道行/鵜飼香里/古川真琴

BRICO:飲⾷事業を展開する有限会社ブリコラージュ(代表:古川真琴)、株式会社ブリコラージュラボ(代表:⽥中道⾏)、また運営する店舗などを総称した呼び名。有限会社ブリコラージュは「珈琲ぶりこ」「ばーぐ屋ぶりこ」を擁し、株式会社ブリコラージュラボは「アトリエブリコ」「BRICOTable」を擁する。

BRICO の“スフォリア”ができるまで

イタリア・ナポリ発祥の伝統的なスイーツ「スフォリアテッラ(sfogliatella)」を原点に、本場に負けない、いいえそれ以上の、スイーツの枠を超えた「スフォリア」づくりに挑む⼈たちがいます。
名古屋市で古⺠家カフェ「珈琲ぶりこ」、ハンバーグ専⾨店「ばーぐ屋ぶりこ」、熟タルト®で話題の「アトリエブリコ(現在はマルシェ等に出店)」など、⼤⼈気の飲⾷店を展開するBRICO のメンバー、料理⼈の⽥中道⾏さん、パティシエの鵜飼⾹⾥さん、経営者の古川真琴さん。


薄く延ばした⽣地を何層にも重ね、その中にクリームなどを詰めて焼き上げるスフォリアテッラは、独特のパリパリ、サクサク感こそが命。ですが、イタリアとは違い湿度の⾼い⽇本でその⾷感を出すのは⾄難の業だそう。


3 ⼈が試⾏錯誤を重ねながら、⾃分たちらしい「BRICO のスフォリア」をつくり上げるまでの道のりを、その出発点から辿る本シリーズ。vol.2 となる今回はスフォリアテッラというスイーツを⾒つけ出した⼈、パティシエ・鵜飼⾹⾥さんの物語からご紹介します。

中身を詰めた「スフォリア」をオーブンに
左からパティシエの鵜飼さん、経営者の古川さん、料理人の田中さん

畑で採れたものを⾷べて育った

名古屋市近郊で⽣まれ育った鵜飼さん。同居の祖⽗⺟が農家を営んでおり、野菜や果物は畑で採れたものを⾷べるのが⽇常でした。野菜を下処理して漬物にする⼯程を⾒たり、お⽶も作っていたので、稲刈りの時期には家族総出で、おにぎりを持って⼿伝いに。


「それに、⽗がちょっと変わった⼈で。普通の会社員だけど、⾃分が⾷べるためだけに夜中にドーナツを揚げたり、採れたさつま芋をわざわざ寝かせてスイートポテトをつくったり。離れて住んでいる母方のおばあちゃんもすごい料理上⼿で、そんな影響もあって、私も⾷いしん坊になりました」
⼟の匂いの中で美味しいものを⾷べて育ち、ごく⾃然に⾷に興味を抱いた鵜飼さんは、⾼校を卒業し、⼤阪にある名⾨調理師学校の製菓コースに進みます。


「家族、特に⺟は⼤反対。⼤学に⾏きなさいって⾔われたけど、何の⽬的もなく 4 年間過ごすより、興味のあることをまずやってみたかった。でも⽢かったですね。製菓は 1 年制で、春に⼊学して夏には就活が始まる。周りの⼈は家業を継ぐとか、このお店に⼊りたいとか明確な⽬標を持ってたけど、私はそうじゃないから、就職先が決まるはずもなく…」


⼤泣きしながら⼤阪から「強制送還」された、という鵜飼さん。それでも 1 年間で得たものは⼤きかったといいます。


「製菓の基本を⾝につけられたし、何より⼤阪って、みんなの⾷に対する熱量、リスペクトがぜんぜん違う。刺激になりました」
地元に帰り、カフェでのアルバイトなどを経て岐⾩を拠点とする⼤⼿のケーキ店に⼊社。最初に配属された本店で接客を「マネージャーにボールペンでつつかれながら」叩き込まれ、次に新店の厨房に⼊り、⼤型店ならではのケーキづくりを経験。毎朝 5〜7ℓものカスタードクリームづくりに始まって、デコレーションを任されるまでになりますが、「この先は同じことの繰り返しかなと思って」退職。その後「珈琲ぶりこ 2 号店」の⾯接に臨むのです。

大阪で学んだものは大きかった。今でも大好きな街です(鵜飼さん)

「鵜飼の居場所をつくろう」

「BRICO では『⼤きいケーキをつくれるんだよね』っていきなり⾊々任されて、私でいいの?と思ったけど、もうやるしかない、という感じで。調理器具の選定やメニュー開発、ウ ェディングやスイーツデーとかのイベントの企画運営も…、みんなと、とにかく頑張りました」


しかし、オープンから 10 年を経て「珈琲ぶりこ 2 号店」閉店が決定。その時、BRICO の経営に携わる古川さんや⽥中さんが真っ先に考えたのが、パティシエである鵜飼さんの処遇でした。⽥中さん⽈く、


「何ていうか、鵜飼の居場所をつくろうと。何が得意か聞いたら『得意かわからないけど、焼き菓⼦が好きです』っていう。当時は焼き菓⼦といえばタルトが⼈気で、何か⾯⽩いものができないかなと思って」


それが、今や出せば即完売する「熟タルト®」の開発と「アトリエブリコ」誕⽣へとつながります。熟タルト®には、⼿間をかけるという意味での熟成感、素材の熟成感など⾊々な意味の「熟」がかかっています。「珈琲ぶりこ 2 号店」閉店から「アトリエブリコ」オープンまでわずか 2 ヵ⽉。その 2 ヵ⽉で、焼き菓⼦なのにしっとりとして芳醇な、タルトの概念を覆す熟タルト®をつくり上げたというのですから、驚くほかありません。


コロナ禍が始まった年、⺟の⽇を前に雑誌の特集で取り上げられると、熟タルト®の⼈気は爆発します。通販でのギフト需要が⼀気に伸び、BRICO のスタッフ全員で 1 ⽇に何百個と焼き上げる状況に。けれども当時を思い出して、鵜飼さん、⽥中さん、古川さん、3 ⼈ともなぜか苦笑い。「⼿間がかかって、⽣産性は全くない。ひたすら⼤変でした」。


「焼き菓⼦を脇役じゃなく、もっと主役に」という鵜飼さん。「やるからには独創的なものを」という⽥中さん。そして「⼿間は省かない、かけていく」という、古川さんも含めた 3⼈の思い。熟タルト®を通してくっきりとした BRICO の思いは、より多くの⼿間ひまをかけて焼き上げる「スフォリア」づくりの源流になっていきます。

 鵜飼の居場所をつくろうっていうことで、アトリエブリコができました(田中さん)

製麺機のショールームに通い詰めた

「コロナ禍で世の中がガラッと変わった」と⽥中さんは⾔います。熟タルト®の通販需要は伸びたものの実店舗の経営は難しく「アトリエブリコ」は無店舗に。他の店の経営も厳しくなる中「パン屋さんならテイクアウトができるんじゃないか?」とオープンしたのが、⽥中さんが責任者を務める「BRICOTable(ブリコターブル)」でした。


「パン屋というよりグロサリーとかも含めて、テーブルコーディネートがトータルにできるような店にしたかった。『せかほし※』に出てくる、パリの雑貨店みたいな」


⽥中さんの⾔葉通り「BRICOTable」が開店して街の雰囲気まで変わり順調かと思われたものの、⻑引くコロナ禍と⼈材不⾜の影響は⼤きく、やはり店舗を続けることは困難に。その場所を⽣かして「スフォリア」開発がスタートしました。


世の中が⼤きく変わる中、BRICO の次の⼀⼿をなぜ「スフォリア」に?カギになったのは古川さん。少し前に鵜飼さんから勧められたスフォリアテッラを、古川さんが覚えていたのです。


「⾷感が⾯⽩いね」。実は意外にも、進んで⽢いものを⾷べないという古川さん。その古川さんが⾯⽩いと⾔うのなら、スイーツマニアだけじゃない、たくさんの⼈に響くかもしれない。鵜飼さんと⽥中さんはそう考えました。問題は、その⾷感をどう出すか。


最初の試作は鵜飼さん、次に⽥中さんがやってみる。⽣地をこねて寝かせて、できるだけ薄く延ばして巻いて層をつくる。初めは全て⼿作業でした。


「焼いてみたらパリパリというよりバリバリ、ガリガリ。硬すぎる、ハードすぎるっていう話で、どうしようかと思って、うどんやラーメンをつくる機械の会社に問い合わせた。そしたらショールームに来てくださいって⾔われて」


それから、⽥中さんは試作ができる製麺機のショールームに毎週のように通い、その場所で「スフォリア」の⽣地づくりに没頭。0.5ミリ、0.3 ミリとローラーの圧⼒を変えては⽣地を延ばして巻いてを繰り返す様⼦を、メーカーの社員も不思議がって⾒にくるほど。そして、これ、というマシーンの購⼊を古川さんが「いいよ」と快諾、BRICO の「スフォリア」づくりは⼀気に加速します。

※せかほし…NHK のテレビ番組「世界はほしいモノにあふれてる」。各界で活躍するバイヤ ーやデザイナーが世界中の魅⼒あふれる店やモノを紹介する。

生地の厚みを0コンマ何ミリ単位で検証
薄く延ばした生地を重ねて層にしていく

うっとうしいほど美味しさを伝える

「BRICOTable の厨房にこれ(パスタマシーン)が置かれた時に、改めて、やっぱり本気でやるんだ…って思いました」


とは、鵜飼さん。スフォリアテッラを⾒つけ出した本⼈から思わずそんな⾔葉が出るほど、「スフォリア」づくりは難しい。⽣地の開発を振り返って、⽥中さんは⾔います。


「粉の種類や配合を⾊々変えて試したし、厚みは 0.7 ミリ、0.5 ミリって、0 コンマ単位で順番に試していきました。薄すぎると⽣地同⼠がくっついちゃったりね。最初は、中にバーグを⼊れる時は 0.5 ミリ、クリームなんかを⼊れるスイーツ系の時は 0.3 ミリっていう形でやったりしてましたが、どうやら⾃分がこだわってるほどには、お客さんにその差はわからない。僕の独りよがりかなって、だんだんわかってきたりも」


スイーツから惣菜系まで、「BRICOTable」の厨房で次々と⽣まれる新作「スフォリア」。それをマルシェに出店したり、商店街でのワゴン販売でお客様にお勧めするのは、鵜飼さんの担当です。⾷べてもらって、反応を⾒て⽥中さんにフィードバック、もちろん⽣地の感想も。かつて⼤⼿のケーキ店で叩き込まれた接客が、ここで⽣かされることに。


「お惣菜系の⽅が⽣地が厚めですってお客さんに説明するんですけど、リアクションを⾒てるとそんなに差がないのかな、と。私は、⾃分が⾷べた上で、⾃分がいいと思ってるものしか売ってないっていう思いがちゃんとあって、だから、すごい美味しさを伝えるんですよ、お客さんに。常連さんだと多分うっとうしいと思うぐらい。⼀⾒さんにもまず 1 個⾷べてみてくださいって推して、買って⾷べてもらったら、その⽇のうちにもう 1 回買いにきてくださったり」


「バーグはリアクションがいいですね、⾷べた時の驚きがあるみたいで」。鵜飼さんの毎回のレポートを受けて、バーグの他にもカレーやミートソース、チキンのトマト煮など新しい「スフォリア」が続々と。販売する場所や客層を予測してつくる、でも⼤前提はあくまでも、⾃分たち⾃⾝が「美味しい!」と胸を張れること。ですが、時には⼿痛い失敗も…。

BRICOのばーぐが入った「スフォリア」は当初から人気

パリパリじゃないスフォリア

テレビ局主催のイベントに出店したときのこと。その⽇はまだ 3 ⽉なのに夏のように暑く、テントの中は蒸し⾵呂状態。いつもより多めに⽤意した「チキンのクリーム煮⼊りスフォリア 」は、いつの間にか、⽣地がパリパリどころか、しなしなになっていました。

「とにかく暑くて、ケースに⼊れて積んでおいた間にも地熱がどんどん伝わっちゃったと思うんです。中⾝が⽔分の多いお惣菜だったのもあって、気づいた時には⽣地がしなしな。そういうものをお客さんに販売して、残念な思いをさせてしまったと思うと…」


ぜんぜんパリパリしてない、説明と違う、もう買わない。そういうお客様もいたかもと、思い出してしゅんとなる鵜飼さん。その「スフォリア」をつくった⽥中さんも、
「パリパリの⾷感を出すために、わざわざ⽣地を薄く延ばして何回も重ねてっていうのをやっている。それが売りでしかないのに、そこが崩れると、もうね」


しなしなになってしまった「スフォリア」は、チキンのほうれん草クリーム煮を詰めた、⽥中さんの⾃信作でもありました。


「焼き上がって⾷べて、『めちゃくちゃ美味い!』と思ったら次の⽇にはそんな⾵になって、ホントにがっくしきて。どんなに美味しいクリーム煮をつくっても、美味しいものと美味しいものを⾜しただけじゃ、美味しいものにはならないんだっていう」


⾼温多湿の⽇本で「スフォリア」をつくり提供する難しさ。でも、⽥中さん初め BRICO のメンバーはあきらめません。これからは、朝焼き上げたものを夜に⾷べてみる、1 ⽇置いて⾷べてみる。具材の⽔分量も、もっと計算しなければ。残念すぎる失敗から次へのヒントを得ると同時に、パリパリ感をどう残すか?という課題に違う⾓度からアプローチし、新しい答えを⾒つけます。


題して「夏のスフォリア」。⽣地だけをカップにはめて焼き上げ冷凍しておき、フリーズドライ状態にして、⾷べる前にフルーツを使った冷たいクリームを中に。レモンや桃が贅沢に⾹り⽣地のパリパリ感も楽しい、新作デザートの誕⽣です。

プリンカップにはめて焼き上げた「夏のスフォリア」用の生地

真似してくれていい、ただし、できるものなら

⽣地をこねて⼀晩寝かせ、薄く延ばして巻いて切り分け、指先で層をつくりながら⼀つひとつ成形。その中に具材を⼊れ、また⼀晩寝かせた後、オーブンでじっくり焼き上げる。その間に加減をみてプレートを⽅向転換。焼き上がったら、さらに冷ましてから店頭へ。「スフ ォリア」は、⽣地づくりから始めて提供するまでに少なくとも丸 3 ⽇、⼿間と時間がかかりすぎる商品と⾔えるでしょう。しかも、ハードルはそれだけではありません。


まず、お惣菜系もスイーツも、中⾝の⽔分量のコントロール。スイーツではカスタード、ダマンド、クリームチーズと⾊々試すも、内側から⽔分が⽣地に染みないか、柔らかすぎないか、試⾏錯誤は続きます。中のクリームが柔らかすぎると、焼き上がりのフォルムがぺしゃんとしてしまうのも課題。具材が⻑い焼き時間に耐えられるかという問題も。低温でじっくり焼き上げるからこそ⽔分が⾶び、⽣地のパリパリ感が出るからです。


「これからの理想としては、いかに中⾝がクリーミーで、⻑い焼き時間に耐えられて、焼き上がりのビジュアルがちゃんとぷっくりしているか」と、⽥中さん。「形状を保つのは添加物を使えばすぐできる。でもそれは絶対にやりたくない」と、鵜飼さん。「BRICO をやるにあたって、外⾷でも体にいいものをっていうのは根本にあるので、そこは守り続けたい」と、経営者の古川さん。

一つひとつ手作業で形を整える
低温でじっくりと焼き上げ、パリパリとした食感に


BRICO がつくるのは、特別な材料は使わない、頑張れば誰でもできるもの。製法に秘密があるわけじゃない。ただし、あえて⾯倒くさいやり⽅で、ありえないような⼿間ひまをかける。「真似したければどうぞ、やれるものなら」。そこにあるのは、⾃分たちの仕事への揺るぎない⾃信と、⾷への愛情。他の誰にもつくれない BRICO の「スフォリア」をつくり、先へ先へと進化させていく。3 ⼈の旅は、vol.3 に続きます。

vol.3(2024 年 10⽉末公開予定)につづく