INTERVIEW 2024.12.26 UP

ずっと途中。だからいい。BRICO流 “スフォリア”への道vol.3

BRICO
⽥中道⾏/鵜飼⾹⾥/古川真琴

※BRICO:飲⾷事業を展開する有限会社ブリコラージュ(代表:古川真琴)、株式会社ブリコラージュラボ(代表:⽥中道⾏)、また運営する店舗などを総称した呼び名。有限会社ブリコラージュは「珈琲ぶりこ」「ばーぐ屋ぶりこ」を擁し、株式会社ブリコラージュラボは「アトリエブリコ」「BRICOTable」を擁する。

寒い朝、並んででも⾷べたい

12 ⽉のある朝。名古屋市中区にある東別院境内では定例のマルシェ「暮らしの朝市」出店準備が進み、少しずつ賑やかに。⼈気店のブースの前には、スタートを待ちきれない⼈々が⾏列をつくりはじめています。もちろん、アトリエブリコもその⼀つ。パティシエの鵜飼さんが⼿ずから並べていくのは、熱⼼なファンを持つ「熟タルト®」に⾃慢の焼き菓⼦、⾙のような形が特徴の「スフォリアテッラ」。そして、カップの形の新作スイーツには「スフォリーヌ」と書かれたPOPが添えられて。お⽬当てのスイーツが並べられる様⼦を⾒て、冬の冷たい空気の中でも、待つ⼈はみんな笑顔。

さて、気になる「スフォリーヌ」とは、いったい?

このシリーズでは、名古屋で⼈気の飲⾷店「珈琲ぶりこ」「ばーぐ屋ぶりこ」「アトリエブリコ(現在はマルシェ等に出店)」を展開するBRICOの⾯々が、イタリアの伝統菓⼦「スフォリアテッラ」を原点に、⾃分たちだからできる、BRICO の「スフォリア」をつくりあげるまでを追いかけます。

今回はいよいよ最終回。料理⼈の⽥中さん、パティシエの鵜飼さん、経営者の古川さんの3⼈が⼀緒に向かっていく先には、どんな美味しさが待っているのでしょうか。

早朝、マルシェの出店準備
こちらが気になる「スフォリーヌ」。「かじりついて食べるのがおすすめ!」(鵜飼さん)

スフォリアテッラ × ヴェリーヌ

スフォリアテッラはイタリア・ナポリの伝統菓⼦で、薄く延ばした⽣地を何層にも重ね、中にクリームなどを詰めて焼き上げたもの。⽣地の重なりが美しい⾙殻のように⾒えることや、パリパリ・サクサクとした他にはない⾷感が特徴です。BRICO が⽬指したのは、まずは本場ナポリの⽣地を完全再現し、さらに中に詰める具材も⼯夫して、本場の味を超える、BRICOならではの「スフォリア」をつくること。

その⽣地づくりの難しさ、また、具材と合わせた時に⽣地のパリパリ感をどう保つか。⼤きな課題を解決したのが、カップ型に焼き上げた⽣地に、とびきり美味しい具材を後から⼊れるという⽅法。BRICOオリジナル「スフォリーヌ」の誕⽣です。

「スフォリーヌっていうのは『スフォリアテッラ』と『ヴェリーヌ』をくっつけたんだよね」(⽥中さん)

「『ヴェリーヌ』は、フランスのお菓⼦で、ガラスとかの透明な器にクリームとか⾊々、何層にも重ねて組み⽴てるデザートです。⽔菓⼦とかゼリー系を使って」(鵜飼さん)

「何かいい呼び方がないかなって考えて、思いついた」(田中さん)
「ヴェリーヌは涼感を出した夏のデザートですが…」(鵜飼さん)

なんなら、生地だけを食べてほしい

スフォリーヌの生地。数分おきにオーブンから出して焼き具合を確かめる

スフォリアの⽣地をカップにして、ヴェリーヌのようにクリームなどを重ね⼊れる。「スフォリーヌ」という名前が浮かんだ時には「キタ!」と思ったという⽥中さんですが、⽣地と具材を別々につくって合わせるという「コロンブスのたまご」的な発想は、そもそもどこから?

「繰り返しになるんですが、(包んで焼き上げると)どうしても⽣地が具材の⽔分を吸っちゃうことで、時間が経つと、⾃分が意図しないものになってしまう。スフォリアの良さ、パリパリした⾷感が損なわれてしまうのが⼀番イヤっていうか、我慢できなかった。⾃分としては⽣地を究極に焼き上げて、なんならもう⽣地だけ⾷べてほしいくらいだったから」

パリパリの⽣地の中にトロトロのクリームが⼊っているから美味しいのに、⽣地をパリッと焼こうとすると、今度は中のクリームがカラカラの状態になってしまう。詰めて焼くのでは限界がある。やっぱり⽣地と具材をセパレートにしないと…。「スフォリーヌ」は、⽥中さんが究極のパリパリ感を⽬指す上でたどり着いた、必然形でもありました。

⽣地を焼く時はオーブンから数分おきにトレーを出して、数⼗個を⼀つひとつチェック。オーブン庫内の温度ムラを計算して位置を並べ替え、⽕の⼊り具合を⾒て、パリッと焼き上がったものから取り出していく。つまりは、つきっきりです。⽥中さん⽈く「前は⼀個ずつ⾒てはいなかった。焼き上がりにこだわるほど、効率は下がっていくかも(笑)」

「⽣地を焼き上げてそのまま置いておくと、⼤気中の⽔分を吸って、それだけでも⾃分が思うものと違っていく。だから、それを防ぐために冷凍庫に⼊れるんです」(⽥中さん)

「スフォリーヌのデザートの場合は、冷凍庫から出して少し置いてから、⽣地の内側にチョコレートを塗ります。アイスならそのまま⼊れてもいいけど…。で、寒い季節には温かいメニューやデザートも出したいから、その時は逆に⽣地を温めたい」(鵜飼さん)

この冬はスフォリーヌの⽣地をホットショーケースに⼊れておき、そこに温かいシチューを注いで、その場で⾷べてもらう形で提供するそう。アイデアも⼿間ひまも⼀切惜しまない⽥中さん、鵜飼さんによって、思ってもみない形に進化するスフォリア。

「スフォリア、どこへ⾏く?」⽥中さんは笑います。

冬だけの温かいスフォリーヌ
ホットショーケースから取り出して提供

BRICOにとってのスフォリア

ピスタチオクリーム、抹茶クリーム、季節のフルーツを使ったものなど、スフォリーヌの種類は様々。夏には⾊々なアイス、さらに冬には温めて⾷べるメニューも。具材を包んで焼く「スフォリア」も、さつまいもと栗あんといった旬の素材を⼊れたものやばーぐ屋ぶりこのハンバーク⼊りなど、実は根強い⼈気を博しています。⽥中さん、鵜飼さんのアイデアでどんどん多彩になっていくスフォリア&スフォリーヌですが、BRICOの経営者である古川さんのお気に⼊りは?

「お気に⼊り、何スフォリアが好きかですか。うーん…『⽪』が好き」

なんと、デザートでもお惣菜系でもなく「⽪」、つまりスフォリアの⽣地そのものが好き。⽣地の⾷感が命のスフォリアですから、ある意味、理想的な答えかも。

「っていうか、あれが好きなんじゃないですか?前に試作した、切り株みたいな。⽣地を薄く焼いて、バタークリームやラムレーズンをサンドした…。」(鵜飼さん)

「そうそう。それかもしれない。ラムレーズンのサンドね」(古川さん)

「出してないものを答える?サンドは⼀回置いときます」(⽥中さん)

楽しそうに話す3 ⼈ですが、ひとつのメニュー開発の裏側でどれだけの試⾏錯誤がされているのか、苦労が伝わってきます。

改めて、BRICOにとってスフォリアはどんな存在でしょうか、古川さん?

「そうですね、ここ(BRICOTable)も、アトリエブリコの店舗も今ちょっと持て余している状態。そういった場所を活⽤できるようになるためにも、地に⾜がついたというか、お客様に⻑く愛される商品にスフォリアがなってほしいなと思っています。私たちも⻑くつくり続けていけて、なんて⾔うか双⽅がずっと成り⽴つ、息の⻑いものに…」

例えば、アトリエブリコの熟タルト®は皆様に愛される看板商品ではあるものの、かかる⼿間ひまに⾒合う価値づけは、できていないかもしれない。そこに課題があるという古川さんの⾔葉に、熟タルト®のつくり⼿である鵜飼さんも「うん、うん」と。

「⽥中さんとスフォリーヌをつくるようになってから、⾃分でも考えるようになりました。熟タルト®はほぼ⼀⼈で仕上げるんですが、丸1⽇かけて100個とかが限界で、その前に下ごしらえの⽇にちも要るんですね。⾃信作だけどほんとに時間がかかるんです。だけどスフォリーヌは焼いておいた⽣地に詰めていけばいいので、半分くらいの時間で150 個組めるから…」

スフォリーヌなら分業もしやすく、短い時間でよりたくさんつくれて、たくさんのお客様に喜んでいただける。ですが、それでも⼤変な作業であることに変わりはありません。鵜飼さんや⽥中さんの努⼒が実を結び、なおかつ、お客様にずっと提供し続けるためにも、商品に⼗分な価値づけをしていきたい。それが古川さんの思いです。

「そのために、これからスフォリアとスフォリーヌが、BRICO の名前と⼀緒にお客様にもっと知られていけばいいなっていうことを考えています」

「実は進んで甘いものは食べないんです。けど、鵜飼のクリームは食べられる」(古川さん)
話が止まらない3人。LENS ASSOCIATES inc.が差し入れたコーヒーを飲みながらインタビュー

こだわりを「ブリコラージュ」する

珈琲ぶりこ、ばーぐ屋ぶりこなどの店名でもあるBRICOという呼び名は、運営会社名「ブリコラージュ」から取ったもの。「何かを寄せ集めて新しいものをつくる」という意味のフランス語で、BRICOというチームの空気感をそのまま表しているかのようです。

「ブリコラージュの親会社が東京の建築事務所で、名古屋⽀社を出そうっていう時に出会ったのが、今の珈琲ぶりこの建物でした。パッと⾒て、ここだっていう話になったけど、設計事務所としては広すぎるし、アーケードに⾯しているから家賃も⾼い。で、カフェを併設することになったんですね」(古川さん)

当初はドリンクメニューのみ、カフェでの採算性は全くとれず…。そこに現れたのが⽥中さん、珈琲ぶりこ2号店(現在は閉店)のパティシエになったのが鵜飼さん。古川さんと⼆⼈との出会いはvol.1、vol.2で詳しく紹介していますが、その頃から変わらずに貫かれているのが、「美味しくて⾃然なものをお出しする」という姿勢です。

「私は飲⾷店でバイトした経験すらなかったけど、カフェをやるってなった時に、⾃分が⾷べるなら添加物は摂りたくないなと思って。そこからスタートして、それが続いている感じですね。外⾷するなら、美味しくて体にいいものがいい」(古川さん)

「私が2 号店に⼊る時はお店のコンセプトになってましたね。⾃分たちに近しい地元のもの、⾃然なものでつくる」(鵜飼さん)

ただ、時が経つに従って変化してはいますよ、というのは、⽥中さん。「⾃家製野菜とか、体にいいものをっていうのも、正直⾔って当初はファッション的な感覚もあったと思う。でも今⾃分の中では商売のためというよりも、本当に実(じつ)のあるものをしっかりつくれば、ちゃんと⽀持してもらえるっていうところまで来たかなと」

しっかりとした中⾝があって裏付けがわかる商品をつくれば、⼝にした⼈が誰かに伝えたくなるはず。そうすれば宣伝しなくても広がっていく。1回⾷べたらもう1回⾷べたくなるものをつくり出す、そのマインドを商品にしたい。

珈琲ぶりこ。懐かしくほっとする、古民家の佇まい

今、⽥中さんが抱く思いはBRICO共通のものとなり、素材を⽣かしたメニューとして形になっています。例えばその⼀つが、ジューシーかつシャキッとした⾷感がうれしい、ふじりんごのコンポートのスフォリーヌ。

「りんごを⽣で⾷べた時に引けを取らない味を⽬指したかった。酸味であったりジューシーさであったりを際⽴たせて」(⽥中さん)

「ある時、⼤きなりんごがゴロっと⼊ったアップルパイがテーブルに置いてあって。⾊んなりんごの情報が添えてあったから、これは、何か試してみてっていう⽥中さんのメッセージだな、と(笑)」(鵜飼さん)

物産展で⾒つけたアップルパイから得た⽥中さんの着想と、パティシエ鵜飼さんのセンスと技術。まさにこだわりの「ブリコラージュ」です。

「りんごの品種にもこだわりました」(鵜飼さん)

共感してくれる⼈と⼀緒に

マルシェの会場で、必ずお客様⼀⼈ひとりと⾔葉を交わす鵜飼さんのように、BRICO は温かいおもてなしでも評判です。接客やサービスのルールについては「わりとフリーですね」と、笑顔の古川さん。

「スタッフがそれぞれの個性を活かしてくれていい。気をつけてほしいところだけは⾔いますけど」

気をつけてほしい点とは、どんなに忙しくてもお客様を置いてきぼりにしないこと。

「特に、珈琲ぶりこは古⺠家の空間を楽しみに来られるお客様が多いので、そこを邪魔しないようにね、とだけスタッフには伝えています。ばーぐ屋の⽅でも同じかな。調べたら、名古屋市栄地区は東京池袋に次ぐハンバーグ店激戦区らしくて。確かにオープン当初はすごくたくさんお客様がこられて、回転重視の接客になりがちでした。でも時代も変わってきて、お客様にゆったり過ごしてもらえるように、営業のスタンスも変えていかないと」

⾃分⾃⾝も店舗に⼊ることが多いという古川さん。BRICOで⼀緒に働いてほしい⼈材は、「今、⾼校⽣のアルバイトスタッフもいるんですが、⼤⼈とちゃんとコミュニケーションが取れて、すごいなぁって感⼼してます。だから、⾃然のものにこだわることやおもてなしっていう私たちの考えに共感してくれれば、どんな⽅でも」

「共感してくれる⼈に来てほしい」。⽥中さん、鵜飼さんも⼝を揃えます。

BRICOTableでスフォリーヌを

「お店の空間と、建物⾃体を残したいっていう気持ちもあるんです。うちが撤退するとあの古⺠家もなくなってしまうから」

建築やインテリアの専⾨家でもある古川さんは、珈琲ぶりこへの思いをこう語ります。そして何より、現在のコンセプトである「⽇本の⽇常」「発酵⾷」は、コロナ禍の中で⾃分たちに求められるものは何か、スタッフみんなで話し合って決めたもの。建物と共にそのコンセプトを残していくのが、珈琲ぶりこの役割。

「BRICOTableをどうするかは、固まってないけど」と前置きして、⽥中さんはスフォリーヌでチャレンジしたいことをあれこれと。

抹茶クリームとピスタチオクリームのスフォリーヌ。これからも色々なスフォリーヌが続々と

「店で出すなら、持ち帰りじゃないものをやりたい。シチューの他にボロネーゼなんかを⼊れて、あったかいのをその場で⾷べてもらうとか、イートインだから楽しめるもの」

具材を⽣地に包んで焼くスフォリアではできなかったものが、スフォリーヌなら提供できる。メニューの可能性が広がり、ビジョンも⼀気に広がります。

「たとえ、お客様がほしいと⾔っても、前と同じスフォリアはつくらない」⽥中さんの宣⾔に、鵜飼さんは「バーグのスフォリアは定番で残してくださいね」と苦笑い。鵜飼さん⾃⾝の夢は、「熟タルト®も焼き菓⼦も、今はお客様にとっては買いづらい状態なので、お店に⾏けば買えるっていう⾵にはしていきたいですね。お店がどこっていうのはわからないけど、みんなと協⼒して」

珈琲ぶりこ、ばーぐ屋ぶりこ、そして再オープンを⽬指すBRICOTable。どの店も街にあるとうれしい、ずっと続いていく場所に育てたい。BRICOメンバーの熱い気持ちが、新しい美味しさと空間づくりを加速させます。

⽣まれ変わったBRICOTableがスフォリーヌ⽬当てのお客様でいっぱいになる⽇は、もう、すぐそこかもしれません。

「どんなお店にしよう?何を出そう?」再開が待ち遠しいBRICOTableの前で。

BRICOでは、美味しくて自然なものを皆様につくり届ける仲間を募集しています。