INTERVIEW 2021.01.15 UP

「カフェで働く」のではなく、「メゾネットで働く」ということ

maisonette inc.
奥村麻美/大岩拓己

「カフェで働く」のではなく、「メゾネットで働く」ということ

名古屋のことを「つまらない街だ」という人がいる。その一方で、「こんなに面白い街はない」という人もいる。その違いはどこにあるのだろうか。一つだけ確実に言えることがあるとすれば、面白いという人は自らが面白がろうとしている。そんな自分たちが動くことで、名古屋を面白い街にしたいと考えている人たちがいる。それがMAISONETTE(メゾネット)だ。 

メゾネットは、スタイリストを中心に幅広い分野で活躍している山本雄平さんが中心となって、広告・CM・カタログなどのスタイリングやディレクションをはじめ、衣装や小物の製作、ギャラリー&ショップの運営、フリーペーパーSTANDARD MAGAZINEの編集・発行などを行っている会社。今や名古屋のあらゆるクリエティブに携わっているといっても過言ではない。そんな同社が、2010年の設立当初からさまざまな形で展開しているのが飲食店経営だ。1店舗目となったのは、当時のカフェブームの火付け役の一つにもあげられるre:Li(リリ・中区栄1丁目・~2018年)。re:Liは、「忙しい日々で不規則な食生活になりがちな人たちに、身体にいいものを食べてもらいたい」というコンセプトで、毎日日替わりの定食メニューを提供していた。

そんな同店でオープン当初からメニューの考案や調理を担当していたのが、現在はTT″ a Little Knowledge Store (トド・星ヶ丘テラス)でキッチンに立ちながら、メゾネットが運営する全店舗のメニューの監修も務めている総料理長の奥村麻美さん。「彼女が美味しいと思うものが、メゾネットの美味しさのスタンダード」と山本さんが全面的に信頼を寄せる、“メゾネットの舌”ともいえる存在だ。大学で管理栄養士の資格を取得後、病院で栄養指導などを行っていたという奥村さん。最初から自分たちでお店を持つようなことを考えていたわけではないという。

「いつかは自分にしかできない仕事がやりたい」(奥村)

「社会人になって3年目のときに、学生時代に同じカフェでアルバイトをしていた山本から『飲食店がやりたいので、そのメニューを任せたい』と誘われました。正直、前の仕事にもやりがいを感じていたので迷いましたね。でも、私の中のどこかで『いつかは自分にしかできない仕事がやりたい』という想いもあって、今これを断ったら後から後悔する、と思い切ってその誘いに乗ることにしました。あとカフェならパティシエも必要だろうということで、同じ職場で働いていた江川にも声を掛けました」(奥村)

re:Liは単なるカフェではなく、こだわりの定食や店内でのイベントの開催、野外イベントへの出店とさまざまな挑戦を続けていた店だ。しかし、メゾネットの挑戦はそれだけに留まらなかった。Maison YWE(メゾンイー・矢場町)、&EAT(パルコ東館B1F・~2018年)、is it soup?(パルコ西館1F・~2017年)と、まったく異なるコンセプトの店舗を次々とオープン。それぞれの店舗で、その街やそこを行き交う人に合わせたメニューを考案、イベントにも出店を続けた。 

「あの頃は、自分たちのお店が持てた!という感動を味わう間もなく、ただガムシャラにやっていたような気がします(笑)。会社にとって新しいお店が挑戦であるように、私たちにとっても毎日が挑戦でした。でもそんな挑戦があったからこそ、すべてが今につながっているのも事実です」(奥村)

そんな同社に転機が訪れたのが、2018年。星ヶ丘の街づくりの一環として、星ヶ丘テラスにお店を出してくれないかという声が掛かったという。そこから生まれたのが、TT″ a Little Knowledge Storeだ。

「星ヶ丘はもともと会社の事務所を構えていたこともあり、私たちにとっても思い入れのある場所でした。そこから『街づくりに力を貸してもらいたい』と声が掛かったのも、今までの私たちの取り組みが認められたからこそ。この広いスペースを使って、どんなお店をやるのか…これも新しい挑戦でした」(奥村)

TT″ a Little Knowledge Storeという店名にもこだわりがある。 

「TT″は英語のToDo(トゥードゥー)のローマ字読みと同じ発音で、直訳すると“しなければならないこと”という意味。飲食店経営を通じてどんなことができるのか、考え続けていこうという私たちの決意の表れでもあります。 後ろにa Little Knowledge Store(小さな知恵のお店)とつけたのは、お店のコンセプトとして、ご利用いただいたお客様が必ず何かを持って帰ることができるようにしたかったからです」(奥村)

「お客様にとっての何かの“入り口”になりたい」(山本)

「私たちは常々、『私たちの店が、お客様にとっての何かの“入り口”になりたい』と考えています。例えば、ここで美味しいコーヒーを飲んだことがきっかけで、コーヒーに興味をもっていただくとか。それは食べ物や飲み物に限らず、流れている音楽でもいいし、使っている食器でもいい。イベントに参加していただくのも、新しい発見があるかもしれません」(山本)

TT″ a Little Knowledge Storeでは、これまでre:Liで行っていたような旬な素材や無添加の調味料、手作りにこだわった料理を提供していることはもちろん、プロのアーティスによるフリーライブや児童書専門店の応援企画、ジュエリーブランドの期間限定ショップ、書道家によるパフォーマンスなどのイベントの開催やパーティーなどへのケータリングサービスなど、常に新しい取り組みを行い、新しい挑戦を続けている。 

メニューやキッチンを任されている奥村さん、江川さんともう一人、メゾネットの飲食事業を語るのに欠かせない人がいる。統括マネージャーの大岩拓己さんだ。大岩さんも、山本さんや奥村さんと一緒にカフェで働いていた仲間の一人。その後、モデルやアパレルショップの店員を経験。30歳を目の前に漠然と自分の将来に不安を感じていた頃、山本さんの想いに共感したという。

「スタイリストも不規則な生活なので、食事の大切さを痛感していたんだと思います。1店舗目のre:Liを、わざと大通りから外したのは、目的を持ってre:Liに足を運んでいただけるお客様をつくりたかったから。目的を持って人が集まり、一つのテーブルで一緒にご飯を食べる(私たちはテーブルトークと呼んでいます)。そこからどんなことが生まれるのか、楽しみでした」(大岩)

「他の店舗や会社ではなく、メゾネットだからできること」(大岩)

最初は店舗に出ていた大岩さんも、2店舗目のMaison YWEがオープンした頃から、各店舗に店長を立て、自分は統括マネージャーとして「メゾネットが運営する飲食店のブランドづくり」に取り組んでいくようになった。

「re:LiもMaison YWEも、単なるカフェではなく、店内でのイベント開催や屋外イベントへの出張店舗など、オープン当初から積極的にさまざまな取り組みを行っていました。でも何でもよかったわけではありません。何が自分たちらしくて、自分たちがどんなことをしたいのか、それを統一していく必要があると考えたのです」(大岩) 

飲食店を経営すること自体初めての経験だったことに加えて、「常に他の店舗や会社ではなく、メゾネットだからできること」を考え続け挑戦し続けている同社。しかし、大岩さんはそれをたいへんだと感じたことは、一度もないという。

「一人ひとりの円が、重なっている部分がメゾネット」(大岩)

「正直、これまで楽しいことしかなかったですね。こういうスタイルでやっているお店ですので、イベントなどで声を掛けていただくのも、『今までやったことがない』ということがほとんどでした。いわば、常にちょっと背伸びをしているような感じでしょうか。簡単ではなかったことも多いですが、終わったときには大きな達成感と喜びがある。それをたいへんだと思ったことはないですね(笑)。4月4~7日に台湾で行われるイベントにコーヒースタンドで出店する話があるんです。そんなこと当社ではまだ誰もやったことがないし、現地の状況もわからない。でもみんなそれを楽しいと感じているはずです」(大岩) 

そんな同社が経営する店舗には、正社員もアルバイトも個性豊かな人が集まってくるという。 

「『飲食店がやりたい』というよりは、『面白いことがやりたい!』という想いから始まっている事業なので、いろいろなタイプの人がいていいと思います。例えば、一人ひとりが円だとして、それが重なっている部分がメゾネットとしての芯になる部分。それさえぶれなければ大丈夫です」(大岩) 

一緒に働く人が“重なる部分”を持っているかどうか、同社では正式な入社前に必ず3ヵ月ほどの試用期間を設けて、お互いをよく知り合うことにしている。 

「例えば、ここに青いものと白いものがあって、『どっちがメゾネットっぽいと思う?』と聞いたときに、みんなが自然と同じ方を選べるのが、理想の形だと考えています。3ヵ月でできることは限られていますが、お互いなんとなくどんな感じかわかる。少し厳しい言い方をすると、単に『カフェで働きたい』という憧れだけの方には難しいかもしれません」(大岩)

「その人ができることをやってもらいたい」(大岩)

飲食店での仕事は、一般的にキッチンスタッフとホールスタッフに分類される。たいていの飲食店ではそのどちらかに配属されることが多いが、配属についてもメゾネットの場合は独特だ。 

「メゾネットの場合は、このポジションが空いているから人を入れたいというよりも、一緒に働きたいと感じた人に、できることをやってもらいたいという想いが根本にあります。極端な話、パティシエ志望の方が3人来たら、『一人しか採用しない』と決めつけるのではなく、『三人いるなら、新しいケーキ屋さんができるかも』と考えるんです。現在の業態がカフェであることについても、何が何でもカフェにこだわっているわけではなく、今私たちがやりたいことを実現するのに、一番やりやすいのがカフェだからという面が大きいかもしれません」(大岩)

「その人にできることをやってもらう」その“人ありき”の考え方は、キッチンについても同じことがいえる。 

「キッチンで働くことを希望してくる方の中には、調理がまったく未経験という方も多いですね。そういった方には、包丁の使い方から教えていきます。飲食店で働くやりがいの一つは、以前はできなかったことができるようになることだと思います。私たちも最初から今のようにいろいろなことができたわけではありません。だから一緒に働いている仲間についても、『これまでの自分から変わりたい』『成長したい』という想いは持っていてもらいたいですね」(奥村)

「考えながら働くことが、自分の未来にもつながっていく」(奥村)

TT″ a Little Knowledge Storeがオープン1周年を迎え、現在は飲食店事業を同店とMaison YWEの2店舗に集約。その一方で、常に新しいことにも挑戦し続けているのがメゾネットだ。 

「同じ時間を過ごすのであれば、ただ漠然と過ごすだけでなく、常に頭で考えながら動くことで、それは仕事の成長だけでなく、プライベートの未来にもつながっていくと信じています。私たちもまだまだ成長過程ですので、みんなでもっと“いいお店”にしていきたい。私も、もっと料理の腕を上げて、もっともっと美味しい料理を作り続けていきたい。この目標にゴールはありませんね」(奥村) 

「ただコーヒーを飲みたいだけなら、コンビニエンスストアで100円で買うことができる。それをわざわざお店まで足を運んでくださるお客様がいるのは、そこにコーヒーを飲む以上の何かを求めているからに他なりません。お客様が数あるカフェの中から『ここがいい』と当社の店舗を選んでくれるように、ここで働きたいと思ってくれる人にもここでなければならない、何かしらの理由をもっていてもらいたい。せっかく働いてもらえるのであれば、単にお金を稼ぐということだけではなく、何かその人の人生の役に立つものを得てもらいたい。それが山本のいう“入口”にもつながる考えであり、メゾネットがそこに存在する価値でもあります」(大岩)

「名古屋にはまだまだ世の中に認知されていない“面白いこと”や“楽しいこと”がたくさんある」と考えている人たちがいる。そしてその人たちは、少なくともそれを受け身で流しているだけではなく、自分たちから面白いことをつくりだし、発信しようとしている。そのターミナルとして選ばれることも多いMaison YWEとTT″ a Little Knowledge Store。まずはあなたが、その場所に足を運んでみることが、あなたにとっての“入口”になることは間違いなさそうだ。 

(取材日:2019年3月19日)

PROFILE

Asami Okumura/Takumi Oiwa

 

インタビュアー:
ヤスダ ユミカ
フォトグラファー:
高坂 浩司 LENS ASSOSIATES
コピーライター:
ヤスダ ユミカ